ここまでの経緯

ここでは、今の状況になるまでの経緯について書きたいと思います。

始まりは去年の秋でした。
「近頃文字が霞んだり、見えにくい事がある」ということで眼科を受診。
俺の中では「白内障等、大きな病気でなければいいので、念のため」という程度でした。

そこで眼球やら網膜やら色々調べてもらった結果は問題なし。
この時は視力の落ち込みもそうでもありませんでした。
もともと「遠視」と「乱視」持ちだったので、「老眼が早めに来る事もありますよ」という診断。
ならよかったね、という事で、この時は眼鏡を作ってよしとしていました。

そこから数か月して年が明けたころ。
周囲が見にくくなってきたことに気が付きだしました。
試しに片目をつぶると、外側の視野がぼやける状態。ただそれ以外の自覚症状は無し。
当然ながら老眼なんてなった事がないので、「こんなぼやけ方なんだろう」と思ってました。

そして2月。花粉症の時期となり目がかゆくなってきたので、目薬をもらう事に。
たまたま目薬をもらった眼科が、秋に受診した眼科と別のところだったので違う眼科に行きました。
花粉症の目薬さえもらえればよかったのですが、受診する以上調べましょう、という事に。
そして調べた結果、「こんな見え方はおかしい!」という事になりました。

先生の診断は「脳腫瘍の可能性があります。紹介状を書くので明日即大学病院に行ってください。」
「明日は仕事なんですが…」と切り出すと、

「会社は休んで検査に行ってください。ほっといてはいけません!」

仕方ないので、動転した気持ちのまま会社にとりあえず報告。
翌日恐怖に震えながら大学病院へ。

今まで経験したこともないCTやら、MRIやらで調査すること1か月。
「下垂体に腫瘍がある疑いがあります。一歩前進ですね。今度は造影剤を使って詳しく見ましょう。」
下垂体腫瘍であれば2週間程度の入院で、比較的軽めですむので一歩前進、と思ってました。
この時の先生曰く、「あ~大丈夫ですよ!」という軽い感じでした。

ところが。造影剤で下垂体近辺をMRIで調べた結果。
前回軽い感じで話していた先生が普通のトーンで、

「頭蓋咽頭腫の疑いがあります。専門の先生がいらっしゃるので話だけ聞いていきませんか?」

何じゃそりゃ?ですよ。

待合室でとりあえずGoogle先生に質問。
結果5年生存率がどうだとか、後遺症が何だとかで冷や汗がタラタラ。
で、専門の先生(日本に数名しかいらしゃらないうちのお一人との事)に聞くと、

「難しい手術になります。後遺症も起こります。ただこのままでは僕の経験上9月に失明します。」

という事で、僕も予定を空けますので是非手術しましょう、という問いかけ。
「命を救うために、今よりも悪い状況になるかもしれないが手術する、という事ですね。」
と質問したら、「その通りです。」との事。

俺はまだ38歳、こんな年で死にたくありません。
「はい」と答えるしかないですよね、こんなの…

帰りのバスの中で、暗い気持ちで先生の事とかも含め色々検索していました。
情報を求めて立ち寄った本屋でふと、「もうなるようにしかならないな…」と思いました。
この先生で駄目だったら、もう駄目だろう、と。

であれば話は簡単。今の俺は「まな板の上の鯉」
という事で、前向きに向き合っていくしかない、という事をふと思いました。
そこから、だいぶ気持ちが楽になりましたね。自覚症状も視野以外あるわけではないので。

こういう時は、周りの人たちにお願いするしかない。
そこで駄目ならばそれまでだ、と開き直る事ができました。

そこから入院までにいかに楽しみつつ、後輩に仕事の事もどれだけ託せるか、が勝負と思いました。

よって後輩それぞれと飯を食べに行き話したり…
仕事の事も、俺がいなくなる事を前提にして動くようにしたり…
4月末には思い出作りとして、名古屋に1泊しSKE48の研究生公演を見に行ったり…
術後の入院生活を考え、色々慰みものを準備したり…
こういう時こそ神頼み!なので、都心のお寺にお参りしたり…

という日々を過ごしてます。ちなみに名古屋にはもう1回行きたいです!
入院前に是非推しメンのおーちゃん(末永桜花、という子です)を見ておきたいですからね!

長くなりましたが、経緯はまあこんな感じです。
次は今やっている入院に向けた準備について書きたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-05-28 07:43 | 闘病記 | Comments(0)