因果応報

以前から書こうかな?と思っていた事があります。
俺はよく、「因果応報」という言葉を意識して生活しています。
つまり、自分のやった事は結果的に自分に帰ってくるという事。
なので、自分がいい思いをしたいなら、他人にもいい思いをさせなくてはいけないのかな?と考えて常々生きているつもり・・・です。

実際に自分のやった事で帰ってくる事って多いのよね。
身近な例ではこの前の大相撲の千秋楽の朝青龍。
自分が本割りで変わった(はたき込みの注文相撲)ら、優勝決定戦で白鵬に変わられたのなんてまさにこの例である。
「俺を超えるならば正々堂々とこい!」って言ったってねえ・・・説得力ないですよ。
これは極端な例かもしれんが、結局回りまわって自分に帰ってくるのよね。

俺にもいい例がある。
以前後輩に「暇?」とだけメールを送って嫌な思いをさせた事がある。
その後輩曰く、「確かに暇なんだけど始めから暇だと決め付けるような言い方はないやろ?」との事だった。
確かにその通りである。ちょっといい加減だったのかもしれない。
その数年後・・・
とある人から受け取ったメール。

「暇?」

ただそれだけw
もちろんその人は先の一件は知らないし言ってもいない。
確かにな・・・いきなり「暇?」と言われるとこういう気分になるのか、とその時実感。
確かにその時は暇だったのだが・・・なるほどね。
自分もやっているだけに人の事は言えないし。
それにしれも不思議なものだ。こうしてキッチリと自分に帰ってくる。

仕事でもそうだし、釣りでもそう。
自分のやった事はキッチリと帰ってくる。
特に手を抜いた時はそれを実感できてしまう。
となると、逆にいい事をやっていればいずれは・・・と考えるようにするといいと思うのだが。
俺もそう考えるようになってからは少しは物事が好転しているのかな?という気もするし。
フラシーボ効果かもしれんが、そう思わないとやってられないからね。

みんながこの考え方をするともっと物事がうまく回っていくと思うんだけどね。
仕事も趣味も、自分ひとりでは決して成り立たないものだし。
釣りにしても一人で行ってはいるが、その間にいろいろな人が介在している。
釣具を作る人、移動手段の車を作る人、釣り場の清掃をしてくれている人などなど・・・
仕事は言わずもがなですよね。
一人でやっていてもうまく行く訳もないし、相手の事をお互いに思いやる事というのは絶対に必要だと思うんだけどね。
それを心がけるだけでも大分変わってくるんじゃないかな?と思うんだけどどうなんだろう?

「因果応報」が座右の銘って、ちょっとおかしい気もするが・・・
自分本位な考えかもしれんが、この方が自己中である俺には合っているかもしれないねw
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by yrv9985-2450 | 2007-04-02 08:08 | 雑記