カテゴリ:闘病記( 10 )

薬の管理

退院後、懸案となっていた薬の管理。
今後一生モノの付き合いとなりそうなので色々考えた挙句、こんな感じに落ち着きました。

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まず外出用として、専用のポーチ(写真下)を購入。
この中に1週間分の薬、お薬手帳、診察券、保険証を入れ常時携帯するようにしました。
こうしておけば、いつどこで病院へ行くことになっても安心です。
お薬手帳を携帯するようになるとは思ってもみませんでした。大事ですねこれ。

薬自体は、100均で買ったチャック付きポリ袋(ポーチの横)に1日分をまとめる事としました。
薬を飲むタイミング、種類、数は把握しているので、1日すぎると中身がなくなります
そのため飲み忘れの対策にもなり、いまのところ大きな問題は出ていません。

欠点は事前に2~3週間分を手作業でポリ袋に詰めるのが面倒な事ですが、飲み忘れて辛い思いをするよりマシ。というかやらないと俺は確実に忘れると思いました。
そう考えると習慣化するしかないので、割り切る事としました。

あとは2ヶ月分の薬をどう保管するか。
薬局の紙袋のままでは場所も取るし、袋が5種類あるので目的の薬を探すのに非常に不便。
そこで薬を入れるためのプラスチックケースを購入しました。

実はこれ、釣り具の小物用タックルボックスです。ちなみにバーサス。
最初はピルケースとか色々考えましたが、帯に長し襷に短しでピンとくるものがありませんでした。
そこで思いついたのが釣り用のタックルボックス。これだと色々融通も利きます。
2ヶ月分の薬の量を考慮し、若干大きめのつもりで購入したものがジャストフィットでした。

このタックルボックスの中に、ポーチに入りきらないポリ袋の薬と残りの薬を入れています。
これだと場所も取らず、どこにあるかもすぐわかるので便利です。

またポーチに移した薬があるかは、外出前に必ず確認しています。
(1日家にいるときは、タックルボックスから直接薬をとればいいので。)
外出や旅行に行く場合も、事前に確認する習慣をつければ問題ないと考えています。
恐らく出勤を繰り返すうちに慣れていくでしょう。俺にとっては財布より大事なものなので…

こんなところで昔の杵柄が活きるとは思いませんでした。色々やってみるものですね。
ただ外出時の荷物が色々多くなってきているので、改善の余地はまだありそうです。
今のところ続けて行けそうですが、順次いい方法があれば取り入れたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-08-12 14:59 | 闘病記 | Comments(0)

振り返り⑤ 入院生活

振り返りもこれで最終にしたいと思います。最後は入院生活はどうだったか。
一言でいうと色々辛かったです。家にいれる事に幸せを感じます。

よく言われる「退屈」さは、タブレットとポケットWifiのおかげであまりありませんでした。
入院中一番欲しかったのは「静謐」。
それがあったのはトイレの個室だけでした。病棟があんなに賑やかなところだとは…

それはさておき。具体的に振りかえっていきましょう。
まずは音。俺は無頓着な方だと思っていましたので、入院前もあまり準備しませんでした。
他人のいびきも大丈夫なので、迷惑をかけないためのイヤホンと、為念で耳栓があればいいかな?と…

ところが、入院初日の同室の爺さんに思い知らされました。
何度か書いていますが、夜中に行動する音、うめき声、大音量でのテレビ、看護師さんの見回り…
いびきではなく、うめき声や何しているか分からない物音はうるさいよりも「怖い」。
しかも夜中に大音量でテレビをつけるような常識外の事が起こるとは「想定外」でした。

まあこの人は特別なのかな?と思いきや、部屋が別になった術後にも同じ思いをします。
今度は別の爺さんが夜中にナースコールを頻発し、その都度起こされる事態に遭遇しました。

夜中に目が覚めるのは仕方ないです。消灯時間も早いし生活リズムが違うのも理解しています。
単独行動が禁じられており、トイレ等何かする都度看護師さんを呼ばないといけないのも理解していますが、昼間と同じ声で看護師さんと世間話を必ずやりながら、禁止のはずのスリッパでペタペタと大きい足音をさせて病室を歩かれるのは本当に勘弁してほしかったです。

明かりをつけられる事もしばしばでした。明かりと物音で目が覚めて「ああ明るい!今日は朝まで寝れたかな?」という感覚で時計を確認した時、夜中0時半で原因は爺さんのナースコールだった時の絶望感たるや…
起こされた後は、大概入れ歯を入れるような音がしだしてなかなか寝つけません。耳栓は耳が痛くなるし…

よって睡眠不足の日が何日か続き、体力が回復しないうちは本当に辛かったです。
個室への移動も真剣に考えましたが、その前に体力が回復して気分もだいぶ楽になりました。

人間不思議なもので、体力があると多少の音ぐらい「まあ、いいか。」となるものなんですね。
それからは目が覚めたら覚めたで、スマホで麻雀をしてました。おかげで役満(四暗刻)もあがったし。
ただそれまでは殺意を感じそうなぐらいに辛かったです。

起きてからも患者さん(特に年配の方)と話す看護師さんの大声や、面会時間に押し寄せる見舞い客の会話、昼になると大した事でもないのに「助けてくれ~、早く~!」と叫びだす爺さん、ちょっとした事で看護師さんに文句をつける爺さん等、とにかく病棟はにぎやかでてした。

例えば日中、ゆっくりしたいと病室にいたとします。
すると面会可能時間になると、面会客(ご家族?)が現れ同室の爺さんと数時間話しだします。それが毎日。

それに加え他の患者さんは長電話しています。しかも最初の数日は中国の方で、会話が中国語。
ただでさえ落ち着かないのに、何を話しているのか皆目分からない分、さらに落ち着く事ができません。
中国の患者さんが退院しても、その後入院した患者さんも同じでした、会話は日本語にはなりましたが…

仕方なくデイルームへ脱出すると、おばさま方数人による終わりなき井戸端会議。これもほぼ毎日。
なのでイヤホンをしてスマホで音楽を聴きながら、タブレットで動画を見るかゲームをする日々。

トイレ飯をする大学生の気持ちが分かりました。落ち着くには完全防御するしかありません。
一体何しに入院しているのか分からない状況で、一刻も早く退院したかったです。

後は体力が回復してからというもの、あまりに味気ない病院食に辟易していました。
ここでも「為念」で持ってきたスルメのふりかけが大活躍でした。

このふりかけとたまに出て来る果物が、食事の時の唯一の楽しみでした。
あとは醤油と塩をコンビニから調達して、病院食にかけた時の味のおいしさ。
そして退院後即、外のレストランで食べた冷やし中華のおいしさは生涯忘れません!
食べ物のありがたみを非常に感じた入院期間でした。

入院というとゆっくりするものと思っていましたが、実際は命を懸けた戦争のようでした。
体力を回復するため、より消耗しないように早く脱出するにはどうするか。

そうしないと精神的にやられそうな場所だと感じました、もう二度と入院したくないですね。
そう考えると日々の生活がある事は幸せです。これを大事にして生きていきたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-08-11 07:59 | 闘病記 | Comments(0)

振り返り④ リハビリ

前回の更新から2週間経ちました。手術から1か月が過ぎ、職場復帰もいよいよ近づいています。
そこで今回はリハビリについて書きたいと思います。

術後2~3日は点滴で栄養を取っていて、食欲もなくだるい状況でした。
今考えると全身麻酔の影響と思います。
そこから体力と食欲は徐々に回復しましたが、最初は歩くのもふらつく状況でした。

全身麻酔をする事で手術は何の記憶も無く済んだのですが、体力がこれだけ落ちると思いませんでした。
特に食欲。回復してからは明らかに物足りなかった病院食がほとんど食べれませんでした。
おかげで入院中に体重がー4kg減。今も術前ー8kgで推移しています。
これは怪我の功名なので、これからも維持したいところです。

術後の翌週から、病院でリハビリに入りました。
やる事はマットの上で片足バランスを取ったり、エアロバイクを漕いだりというもの。
また視野狭窄は完全には治らなかったので、それを意識した歩き方の説明等も受けました。

落ちていました体力もこのおかげで徐々に回復。結果術前にはできなかった、立ったまま靴下をはくことができるようになりました。
これはリハビリの片足バランスで、体幹を意識したバランスの取り方を教えてもらったためです。
要はバランスを取る際、腹筋を意識してバランスを取ればいいとの事。
片足バランスは歩行中転倒しないように、との事でやっていたのですが、うれしい副作用となりました。

退院後も暑い中、朝を中心に散歩をしています。おかげで会社までの往復はこなせるようになりました。
後は復帰後、連続して出勤した際、ホルモンの働きがどうなるか。
色々行動した後、真昼間に物凄く眠くなる事もあるため、正直今は何とも言えません…

ここを見極めるため出勤訓練として仕事の時間は外出し、図書館等家の外にいて状態をシミュレーションしてはどうか、という提案を受けました。このようなやり方で自分の調子を見るやり方があるんですね。色々勉強になる事ばかりです。
明日は台風が来るので、明後日から週末までやって様子を見ましょう。

出勤訓練で問題なければ、いよいよ復帰です。
ここまで1か月半長かったですね。今まで迷惑をかけた分、あせらずにですが取り返したいと思います。
振り返りも次回が最後になると思います。最後は入院生活を振り返りたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-08-07 21:04 | 闘病記 | Comments(0)

振り返り③ 手術と現在の状況

退院して1週間が過ぎました。
今回は手術と現在の状況について書きたいと思います。

手術は入院翌日でした。手術日前日の夜9時からは水分も取れない状況。
これは全身麻酔のため仕方ないものの、同室となった爺さんの行動で実質朝3時半おき。
3時半に大音量でテレビをつけられたのには閉口しました。その後も4時半、5時半と大音量が…

おかげで手術前はとにかく眠くて、何も考えたくありませんでした。
今思うと色々不安になる余裕すらなかったので、かえってよかったかもしれません。

当日は事前にいろんなものを点滴してから手術室へ。
ものすごい手際よく全身麻酔を打たれてからは、一切記憶がありません。
記憶が無い間に、開頭手術を受け腫瘍を摘出してもらっていました。

次気が付いた時にはICU(集中治療室)で寝転がってました。その時時間を聞いたら夜8時過ぎ。
後から聞いた話だと、手術に8時間を要したそうです。
それだけ難しい手術だったという事でしょう。先生に感謝です。

術後の晩はひたすら喉が渇きましたが、水が飲めないのでうがいと氷をなめる事で渇きと戦ってました。
喉が渇く都度目が覚めて、たまらずナースコールを呼んでいた記憶しかありません。
夜が明けて、自由飲水と言われたときは嬉しかったですね。
早速コップ3杯分の水を飲んで渇きを潤す事が出来ました。胃がついてこれず早速吐きましたが…

術後は、利尿ホルモンの量がコントロールできなくなる「尿崩症」という後遺症が出ました。
なんでも手術当日の夜間に、10ℓの尿が出ていたとか。
術後に喉が渇いた理由もこれです。ただ尿崩症は術前に織り込み済でした。

後遺症が残った理由は、ホルモン量をコントロールしている脳の下垂体という部分を覆うように腫瘍があり、手術で合わせて摘出せざるを得なかったためです。早い話がホルモンコントロールを何もしないと、常に尿が出ておねしょしてしまうのと同じ状態に陥ります。

おねしょだけならばまだ笑い話ですが、必要以上に水分を排出してしまうため放置するとナトリウム濃度が高くなり、血栓が出来て最悪死に至ります。(が、腫瘍を放置するよりマシ。)そのため利尿ホルモンを薬でコントロールする必要があり、術後はその調整で入院していたといっても過言ではありませんでした。

コントロールのため処方されたのは、コートリルとミリニンメルトという薬。補助としてビタミン剤(メチコバール)と胃薬(ファモチジン、薬剤師さんの説明では要はガスター10)の4種類の薬を今も飲み続けています。

入院中は水分補給量と出る尿の量、比重を記録しながらコートリルとミリニンメルトの量を調整。
結局コートリルは起床時1錠、夕食後0.5錠。
ミリニンメルトは朝昼の食間に1錠、夕食2時間後に2錠で落ち着きました。
これがはっきりするまでは退院が出来なかったので、結局16日間の入院となった次第です。

なおホルモンは検査の結果、副腎ホルモンが基準値以下、成長ホルモンが下限ギリギリとの事でした。
副腎ホルモンとは、アドレナリン、ノルアドレナリン、コルチゾールが主なものらしいです。
要は興奮しにくくなり無気力状態となりやすく、且つホルモンのバランスも取りにくい状況の模様です。
俺はもともと慌てやすいので、興奮しにくくなったのはいい方向に出るかもしれません。
いっそ怪我の功名で、俺の最大の弱点だった落ち着きが増せば、みんなのためにもいいのですが…

成長ホルモンは、足りないと疲れやすくなったり、動脈硬化に繋がったりする模様です。
これは下限ギリギリとはいえ一応基準内で一安心ですが、確かに疲れやすくなった気はします。
動脈硬化を避けるためには痩せる事が必要、そのためには運動ですが疲れやすい。
こことの兼ね合いが色々難しそうですが、なるべく外に出るようにはしています。

また手術の影響で顔がむくみ、まぶたが15R殴られ続けたボクサーのように腫れました。
目も充血どころか血走った状態となり、頭には包帯がぐるぐる巻き。
包帯を取ると、頭の傷口はフランケンシュタインのようにホッチキスで止めてある状況。
このまま街に出たら、確実に職務質問される状況となっていました。

顔の腫れは1週間、目の充血は2週間で完全に戻りました。
後は手術の傷口のかさぶたが取れ、頭の違和感(痛いとかではなく物理的に重い。おそらく手術の後に接着のため詰め物をしている影響)が無くなれば、外科的影響は無くなると思われます。そのため今でも頭にバンドをして固定しています。

なお頭の手術の場合、傷口から髪の毛は生えてこなくなる模様なので、見た目は多少影響ありです。
これは周りの髪の毛の伸び具合を見て、事後策を考えるとしましょう。

次の通院時には、職場復帰とかの具体的な話も出てくると思っています。
ちなみに現在、体調的に変な感じはありません。概ね順調に来ていると思ってます。
他にも書きたいことはありますが、すでに長いのでこれぐらいにしておきましょう。
次は術後のリハビリについて書きたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-07-24 14:48 | 闘病記 | Comments(0)

振り返り② 入院準備(追記)

前回の更新で入院準備の振り返りをしました。
長いブログになりましたが、書き忘れたことがありましたので追記します。

入院準備は物、気持ちの部分で書きましたが、書類関連の準備を書き忘れていました。
手術と入院に関する書類は、基本ひたすら署名するのみでしたので割愛。
(気を付けるべきは、保証人が必要なものがいくつかあるぐらいです。)

備忘のため書いておきたいのは、健康保険の「高額医療費申請書」の事です。
これまで入院の機会が無かったので、こんな制度があるなんて知りませんでした。

事前に上司に話した際、「医療費の負担が高額の場合、定額+αで済む」との事で申請を勧められました。
具体的には収入に応じて、入院時の自己負担額が減免されるというものです。
申請に手間がかかるのでは?と思いきや、ネットで申請書を印刷して郵送するだけ。申請書は2~3日で届きました。これがあると、例え自己負担分が数十万円になったとしても、ある程度の負担額で収まります。

仮に申請をしなかったとしても3か月後に還付されるのですが、申請して正解でした。
この制度を仮に使わなかった場合、保険適用でも支払いが70万円を超える事ところでしたが、申請した事で20万円強で済みました。

病院はカード払いOKで、院内にATMもありましたが、限度額があり払えなくなる可能性がありました。
入院1週間前の検査時、病院からも説明がありましたが、知らなかったらと思うとぞっとします。
もし前週に知っていたとしたら、きっと慌てていたと思うので上司に感謝ですね。

またこれも備忘ですが、医療費は月割り計算のため、前述の「定額+α」は月ごとに発生します。
俺は月を跨いで入院したため、「定額+α」は2回発生し、10万円強を2回払った形になりました。
月を跨がなければ恐らく数万円は安く済んだはずですが、事が事なので仕方ありません。失明よりましです。

不幸にして次回があれば考慮すべき事なので、備忘として書きました。参考になれば幸いです。
この歳にして色々社会勉強になった気がします。次こそ手術と症状について書いていきたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-07-20 07:13 | 闘病記 | Comments(0)

振り返り① 入院準備

退院して数日経ちました。

まだまだ本調子にはほど遠い感じはしますが、寝てばかりいても体力は戻りません。
そこで歩行訓練として、周囲を散歩したり、部屋で体操をしたりしています。
疲れはするものの、近所の店に行きつつ1時間強歩けたので、何とかなりそうです。

それはさておき。
入院に至るまでの準備や入院生活等、今後の事も踏まえ色々振り返りたいと思います。
まずは入院するまでの準備から書いていくことにしましょう。

入院するにあたっての準備は、大まかに2種類ありました。
具体的には手術を迎えるにあたっての気持ちと、入院生活を送るための荷物の準備。
気持ちについては前にも書きましたが、開き直るよりありませんでした。

もちろん開き直るまでは色々葛藤もありましたが、(先天的に)偶然おできが脳の調子悪い所にあり、視神経に影響を与えだした。このままでは失明する。」のだから、もはや運命として受け入れざるを得ません。
その分開き直りやすかったと思います。おかげさまで手術も(気持ち的には)楽に迎えられました。
むしろ前夜、同室の爺さんの騒音で眠れなかった事の方がつらかったです。

仕事についても入院、手術が濃厚となるのが早かったので、数か月前から引き継ぎの準備が出来ました。
見つかった経緯も含め、運がよかったと思います。昔から悪運だけは強いんですよね。ありがたいことです。

なのでここからは、荷物の準備について書きたいと思います。
入院、手術が濃厚となりだした4月あたりから、必要であろうものを調べていました。
結果準備したものと、使った物はざっとこんな感じです。



準備した持ち物 (赤字は特に役立ったもの、取り消し線は使わなかったもの)

■新規購入
紙コップ、ウエットティッシュ、湯飲み割りばし使い捨てスプーンバスタオル、下着、スーツケースタブレット端末とカバー、お守り、タブレットスタンドUSB充電ハブアカスリ、シャンプー、ボディソープ、パジャマ2着タオルS字フック、付箋、100均の区分け袋、衣料圧縮袋、書類格納用バインダスリッパ洗剤、ビニール袋(5ℓ袋50枚入り)、クリップ、入浴道具入れ(ビニール製)

■レンタル
ポケットWifiルーター日々の入院着タオル(1日当たりバスタオル1枚、タオル2枚)

■家から持ち込み
洗面道具一式、爪切り、耳かき、本(歴史の本3冊と、頭蓋咽頭腫パーフェクトブック)、お薬手帳、頭痛薬、靴下、ふりかけ、タオルハンカチ、眼鏡拭き、ポケットティッシュ、手帳、メモ帳、筆記用具、眼鏡、スニーカー、充電用ケーブル3本、イヤホン2つ(予備含む)、耳栓、自転車の鍵(リング状のもの)

■病院(コンビニ含む)で調達
雑誌(BUBUKA)、本1冊、手術用ストッキング(エコノミークラス症候群防止)、頭の手術跡を抑えるバンド、日経新聞、調味料(塩、しょうゆ)、箱ティッシュテレビカード

■持っていけばよかったもの
携帯ラジオ、肩がこらない文庫本数冊、つけ心地のよい耳栓



特に準備してよかった物は、暇つぶし系(タブレットやWifiルーター等)と調味料でした。

入院中は病室、談話室ともとにかくにぎやかで、静かな場所がありません。なので空き時間はひたすらイヤホンをつけてネット動画を見たり、音楽を聴いたりして自分の世界に入っていました。(そうしないと、聞きたくもない他人の病状や家の話が耳に入ってくるので気分が持たない。)

入院中の暇つぶしはテレビが有料なのでネットが主だろう。そうなるとスマホでは画面が小さくて動画を見るのが辛いから、タブレットを用意してSKEの公演や無料のネット動画(abemaTV等)を見よう。回線はデザリングだと通信制限が濃厚だから、ポケットWifiルーターをレンタルしよう。という考えがあたりました。

ポケットWifiのレンタルは通信量月無制限のルーターで1万円、タブレットも台湾製の格安タブレット(2万円)とはいえ合わせて3万円ほどの出費となりましたが、性能も満足で十分元は取れたと思います。

また調味料は当初想定外でしたが、病院食の味気無さが想像以上だったため必須でした。

スルメのふりかけが非常においしかったこと!

今まで食べたどんなグルメよりもおいしかったです。体感的には釣り部で行った叙々苑の焼肉以上でした。
本当、これが無いと入院生活を乗り切れたかどうか怪しいです。

あとは100均の区分け袋が意外なヒット。
ビニールのポーチに洗面道具を入れたり、ジップロック状になっている袋に小物を入れたりとかゆい所で大活躍でした。この区分け袋は常用薬の整理(飲み忘れ防止)にも使えそうです。例えば1日分の薬を入れた袋を、区分け袋に1週間分用意しておくとか。
ジップロックの小さいものを用意する手もあるので、使い勝手を考えていきましょう。

逆に使わなかった物。

まず親父殿のサポートのおかげで、洗濯用具は使わずに済みました。
衣類やタオルも、有料ながらレンタルセットが用意されており自前の持ち込みは下着だけで済みました。
有料とは言え日々新しいものに取り換えてくれ、洗濯不要なのは療養中の身にはありがたかったです。

食器類もネット情報では必須と書かれていたので準備しましたが、毎食ついてきたので不要。
しかもコンビニが病院にありいざとなれば現地調達が効いたので、わざわざ持ってくる必要はありませんでした。入院前週の検査時に、しっかり下調べをしておくべきだったと思います。

もう少しこだわるべきだったのは耳栓。
使わないと思いつつも念のため持って行きましたが、予想以上に様々な音が気になるので術後1週間は頼りっぱなし。しかし耳が痛くなるので3時間の装着が限界でした。騒音が遮音できても、耳の違和感で結局夜中に目が覚めるという事も何回かあったので、つけ心地にはこだわるべきでした。

長くなりましたが、入院準備の総括はこんな感じです。
予想通りだった事、思いもしなかった事等色々ありましたが、致命的な準備不足が無くてよかったです。
入院しない事に越したことはないとはいえ、色々な経験ができ社会勉強になりました。
次は実際の手術と、術後の経過について振り返りたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-07-17 23:00 | 闘病記 | Comments(0)

退院しました

遅くなりましたが、おととい(今週の木曜日)に退院できました!
ここまでこれたのも皆さまのおかげです。まずはありがとうございました。

退院当日、埼玉の病院から自宅まで3時間かけて戻ってきましたが、それだけで精一杯。
帰宅後は「着いた~!」という感慨に浸ると思いましたが、そんな余裕は全く無し。
片付けとかも含め、全て翌日に回してぐったりするのがやっとでした。

なので1日休んでから、荷物の片付けやら各種手続きを開始しました。具体的には止めていた新聞、郵便の再配達や、保険の給付金の請求、体力づくりの散歩、いっぱい出た薬の管理、ポケットWifiの返却等、やる事は案外多いです。
新聞、郵便、ポケットWifiは簡単に済んだので良かったですが、保険と薬は色々面倒くさいです。

保険は何をすればいいのかさっぱり分からなかったので、まずはコールセンターへ確認。
必要なのは保険用の診断書と諸々の書類で、一式すべて郵送してくれるとの事。
保険用の診断書は、病院が遠隔地なのでやり取りは電話と郵送になるのでまた手間がかかります。
(とはいえ、埼玉まで行くより遥かにましですが…)
書類も色々ありそうですが、今回の費用の半分は帰ってきそうなのでしっかりやりたいと思います。

今の悩みは薬の管理をどうしようかという事。
起床後、朝~夕の各食後、朝昼の食間、夕食2~3時間後と、1日6回薬を飲まないといけません。
薬の種類は4種類あり、必要な薬と分量は6回とも違います。
その上で飲み忘れてはいけない薬もあるので、どうしたものかと思ってます。

俺の性格上飲み忘れは絶対にしそうなので、できれば一元管理をしたい。
しかし6回分を一元管理できるようなピルケースは、ネットで見た限りなさそう。
しかも職場復帰や外出を想定すると、昼食後、夕食後、朝昼食間は常に持ち歩かないとダメと思われます。
そうなるとピルケースは必須だが、6回分一元管理用は無い。
であれば基本外出時用と、基本家用でピルケースを分けないと駄目そうだが、それで大丈夫なのか…

悩みはつきませんので、実際色々回ってピルケースを見てみたいと思います。
問題はその体力が戻ってきていないので、まずは体力回復が最優先。薬が必要な外出はそれから。
体力回復策としては散歩と体操で、まずは会社まで行って戻ってこれるようになることが目標。
頃合いをみて近くのお店を回ってみたいと思っていますが、それまで薬は家で一元管理しようと思います。

療養は暇との闘いと思っていましたが、やる事だらけでどちらかというと体力勝負ですね。
まずは家に帰れた事が救いであり幸せです。病室のベットより遥かに落ち着きます。
俺が頑張るのはこれからです。多分一生モノの付き合いになりそうなので、無理せずやっていきましょう。

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by yrv9985-2450 | 2017-07-15 05:44 | 闘病記 | Comments(0)

入院中です

色々あって、暫く期間が空きました。
先週の木曜日に手術を終え、現在入院中です。

幸い、手術は無事成功し術後の経過も順調。
視野狭窄と尿崩症、眼の充血はあるものの、普通に動けるようになってきました。今もSKEの公演を見ながら更新しています。

同室の爺さんの物音や会話の声が大きくて、思うように眠れないとか、術前の夜3時半に、別の爺さんが大音量でテレビを見出して叩き起こされたりとか、看護婦さんにどうしようもない文句をつける爺さんとか、とにかくデリカシーの無い爺さんの言動に悩まされっぱなしですが、耳栓とイヤホンで何とか耐えてやってます。

ただ、次の入院があれば絶対に個室にします。お金は掛かりますがもうこりごりです。

何はともあれ。
来週には埼玉の病院から家に帰れそうです。細かい事はそれから更新します。

先生を始め、周りの皆様に今は感謝です。
今回の件で、今更ながら人間捨てたもんじゃないと思いました。若干人生観変わった気がします。
色んな人に迷惑を掛けてきた分、これからしっかり生きていきたいと思います。



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by yrv9985-2450 | 2017-07-08 13:18 | 闘病記 | Comments(2)

ここまでの経緯

ここでは、今の状況になるまでの経緯について書きたいと思います。

始まりは去年の秋でした。
「近頃文字が霞んだり、見えにくい事がある」ということで眼科を受診。
俺の中では「白内障等、大きな病気でなければいいので、念のため」という程度でした。

そこで眼球やら網膜やら色々調べてもらった結果は問題なし。
この時は視力の落ち込みもそうでもありませんでした。
もともと「遠視」と「乱視」持ちだったので、「老眼が早めに来る事もありますよ」という診断。
ならよかったね、という事で、この時は眼鏡を作ってよしとしていました。

そこから数か月して年が明けたころ。
周囲が見にくくなってきたことに気が付きだしました。
試しに片目をつぶると、外側の視野がぼやける状態。ただそれ以外の自覚症状は無し。
当然ながら老眼なんてなった事がないので、「こんなぼやけ方なんだろう」と思ってました。

そして2月。花粉症の時期となり目がかゆくなってきたので、目薬をもらう事に。
たまたま目薬をもらった眼科が、秋に受診した眼科と別のところだったので違う眼科に行きました。
花粉症の目薬さえもらえればよかったのですが、受診する以上調べましょう、という事に。
そして調べた結果、「こんな見え方はおかしい!」という事になりました。

先生の診断は「脳腫瘍の可能性があります。紹介状を書くので明日即大学病院に行ってください。」
「明日は仕事なんですが…」と切り出すと、

「会社は休んで検査に行ってください。ほっといてはいけません!」

仕方ないので、動転した気持ちのまま会社にとりあえず報告。
翌日恐怖に震えながら大学病院へ。

今まで経験したこともないCTやら、MRIやらで調査すること1か月。
「下垂体に腫瘍がある疑いがあります。一歩前進ですね。今度は造影剤を使って詳しく見ましょう。」
下垂体腫瘍であれば2週間程度の入院で、比較的軽めですむので一歩前進、と思ってました。
この時の先生曰く、「あ~大丈夫ですよ!」という軽い感じでした。

ところが。造影剤で下垂体近辺をMRIで調べた結果。
前回軽い感じで話していた先生が普通のトーンで、

「頭蓋咽頭腫の疑いがあります。専門の先生がいらっしゃるので話だけ聞いていきませんか?」

何じゃそりゃ?ですよ。

待合室でとりあえずGoogle先生に質問。
結果5年生存率がどうだとか、後遺症が何だとかで冷や汗がタラタラ。
で、専門の先生(日本に数名しかいらしゃらないうちのお一人との事)に聞くと、

「難しい手術になります。後遺症も起こります。ただこのままでは僕の経験上9月に失明します。」

という事で、僕も予定を空けますので是非手術しましょう、という問いかけ。
「命を救うために、今よりも悪い状況になるかもしれないが手術する、という事ですね。」
と質問したら、「その通りです。」との事。

俺はまだ38歳、こんな年で死にたくありません。
「はい」と答えるしかないですよね、こんなの…

帰りのバスの中で、暗い気持ちで先生の事とかも含め色々検索していました。
情報を求めて立ち寄った本屋でふと、「もうなるようにしかならないな…」と思いました。
この先生で駄目だったら、もう駄目だろう、と。

であれば話は簡単。今の俺は「まな板の上の鯉」
という事で、前向きに向き合っていくしかない、という事をふと思いました。
そこから、だいぶ気持ちが楽になりましたね。自覚症状も視野以外あるわけではないので。

こういう時は、周りの人たちにお願いするしかない。
そこで駄目ならばそれまでだ、と開き直る事ができました。

そこから入院までにいかに楽しみつつ、後輩に仕事の事もどれだけ託せるか、が勝負と思いました。

よって後輩それぞれと飯を食べに行き話したり…
仕事の事も、俺がいなくなる事を前提にして動くようにしたり…
4月末には思い出作りとして、名古屋に1泊しSKE48の研究生公演を見に行ったり…
術後の入院生活を考え、色々慰みものを準備したり…
こういう時こそ神頼み!なので、都心のお寺にお参りしたり…

という日々を過ごしてます。ちなみに名古屋にはもう1回行きたいです!
入院前に是非推しメンのおーちゃん(末永桜花、という子です)を見ておきたいですからね!

長くなりましたが、経緯はまあこんな感じです。
次は今やっている入院に向けた準備について書きたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-05-28 07:43 | 闘病記 | Comments(0)

訳あって復活します!

久々にこのブログのページを見ました。
まだ残っているとは…ある意味ありがたいものです。

前回更新は2年前。その時数件更新したのみでその前は更に2年前。
よって約4年、このブログを放置していましたが、訳あって復活させることとしました。

訳とは、「頭蓋咽頭腫」なる脳腫瘍が発見され、6月下旬手術、以降入院予定となったからです。
「頭蓋咽頭腫」とは何か…素人が説明できるものでないので、検索してみてください。
俺も「頭蓋咽頭腫パーフェクトブック」なる医学書(8000円!)を購入しましたが、まだよくわかってません。

医者の見解や情報から、今言えるのは以下の通りですが、要はなってみないと分からない事だらけです。

・視野障害が現れており、このままだと9月には失明。それを防ぐため手術。
・良性腫瘍であるため、現状視野障害以外の自覚症状は無し。
・脳腫瘍の中で3%程度の割合らしい。
・先天的なものらしく、「何かが原因でこうなった」というのはないらしい。
・腫瘍の場所が脳の神経が密集しているところで、手術が難しいとの事。(成功率は85~90%ぐらいらしい)
・手術に失敗した場合は、脳なのでまあ無理でしょう…
・術後、ホルモンの分泌に関係ある下垂体が影響を受けるのでホルモン剤投薬が必要。
・投薬は下手すれば一生続く模様。
・後遺症は満腹中枢がやられる事による肥満や、性格変化(異性への興味が薄れる)、気力減衰等の模様。

こういう事なので、

・生存確認の意味(色々な皆様にご心配をお掛けしているので)
・自分の記録をつけるため
・同じ病の人に、何か助けになれれば

という事から、ブログを再開することにしました。

ちなみに今の気持ちとしては、「先生にお任せするしかない」と開き直ってます。
先生はこの分野の専門医の方です。この先生で駄目ならもう駄目でしょう。
よって、手術によって「新たな人生を頂いて生まれ変わる」という概念でいます。

今後、基本的にはこの話題に特化します。画像もあまり載せないかもしれません。
入院までは準備であったり、これまでの経緯を少しずつ書いていきたいと思います。
術後はどうなるか自分でも分かりませんが、無理のない範囲で書いていきたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-05-27 03:55 | 闘病記 | Comments(0)