カテゴリ:闘病記( 15 )

うまくいったっぽい…

仕事から帰ってきて、ドキドキしながら注射してました。
エクセルで作った手順を見ながら、自分のお腹に注射針をプスリ。

思ったよりも痛みはありませんでした。
血も出なかったし、案外こんなものなのか?
と思いきや、終わった後注射部位が、蚊に刺されたみたいにぷくっと膨れました。

俺何かやらかした?と思い早速ネットで検索。
どうやら、皮下注射の場合薬剤を注入したらこうなるものらしいです。

理由は薬剤が吸収されるまで、脂肪の層の上にあるためだとか。
代謝で吸収されるものみたいなので、これはこれでいい模様。

今のところ赤くもなってはいないので、どうやら成功したっぽいのでよかったです。
まずは一安心ですが、まさか自分で注射をするようになるとは…
これから慣れていくしかないですけどね。

さて。ゴナトロピンを入れて俺がどう変わるか。
男性ホルモンを入れると、色々積極的になる模様です。
それによって、今までとは違うパランスが必要になる場面もあるかもしれません。
慎重に様子は見極めていきたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-10-02 21:04 | 闘病記 | Comments(0)

頓服

注射手順、エクセルで作ってみました。
後は注射器の水切り用に使うプラスチックトレーを買い、毎回これを見ながらやればなんとかなるでしょう。

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それはさておき。
懸案となっていたコートリルの頓服、先日主治医に聞いてみました。
結論から言うと…

「たまにですよね。全然やってくれて構いませんよ。大丈夫です!」

俺は副作用にビビりすぎなのかもしれません。週1の遊び時ぐらいなら頓服で全然OKのようです。
感覚的に半日色々動いたり、定時を少し超えて働くとだるさが来る時があるので、夜勤とか終日予定を入れたりする時は積極的に頓服していいのかもしれません。昨日も1日だるく3~4時間は昼寝をしていたのですが、こういう時も頓服していいかもしれませんね。

実は先般釣りに誘われましたが、副腎クリーゼのリスクが排除しきれず断りました。
頓服をすれば多分大丈夫だが、そもそも頓服をそんな気軽にやっていいものか、と…
また副腎クリーゼ発生→即病院直行なので、迷惑を掛けたくないというのもありました。

このニュアンスだと、為念で昼間に頓服しておくような感覚で全然いいみたいです。
主治医曰く「試してみるしかない」との事なので、積極的に頓服していくべきもののようです。
ただ試すにしてもどこで試すべきなのか…エラーが出来ないだけに慎重になります。
人に誘われて迷惑を掛ける事だけはしたくないですし。

やはり目安は「だるくなるだろうけど、まだ動きたい」時になりそうです。
まず仕事で頓服することは出来る限り避けましょう。日常的になりそうなので。

仕事関係はよほどのトラブルや夜勤でない限り、疲れたら翌日!という考えで行きましょう。
幸いデスクワークだし、俺は無理するとどこまでもやってしまうのでとにかく体優先で。
大体無理する事が求められてる時代でもありません。やりすぎると会社に損害を与えます。
ただ数日仕事が続きだるい時や、夜都心に出かけないと行けない時は、昼に頓服していいかもしれません。

頓服が必要そうなのは、どちらかというとプライベートの方ですね。
ライブ、旅行、釣り、ゴルフなど、確かに仕事より体の負担は大きい気がします。
じゃあ目安はどれぐらいなのか?

感覚として外で遊びに行く場合、都心に行くと半日で疲れてきます。
例えば先日ホルモンの本を買いに新宿の紀伊国屋書店まで行って来ましたが、昼飯を選ぶのがめんどくさくなり半日で引き上げました。
これまでならばせっかく新宿にいるのだし、ラーメンを食べて伊勢丹でウインドーショッピングし、どこかの神社か寺によって帰宅ラッシュ前に帰る、というのが普通でした。
これを再現しようとなると、コートリルの頓服が必要になりそうです。

あと参考になりそうなのは、職場復帰前に行った出勤訓練の結果。
この時は上司の勧めで敢えて3日連続で外出し、体への負担を確認していました。
初日は大和市図書館→藤沢へ行き3時過ぎ帰宅、2日目は上野の国立博物館→科学館へ行き4時過ぎ帰宅、最終日は横浜のスタバへ行った後パシフィコ裏の臨港パークで時間を潰し、5時過ぎ帰宅の行程でした。もちろんコートリルの頓服は使っていません。

この時はその翌日ゆっくりしたら「案外いけるな」という感じでした。
ただ仕事は休んでいた時期なので、溜まった疲れは少なかったと思います。

またこの時は真夏だったので、涼しかった3日目を除けば極力室内施設を選んでました。
国立博物館、科学館に行ったのもそのためです。それでも普通の出勤訓練と比べてかなりハードでしたが…
(出勤訓練といえば、本当は図書館等で時間を潰す方が普通です。ただ図書館は夏休み期間中で子供が多かったのと、読みたい本があまりにもなかったので脱出して色々なところをウロウロしていました。藤沢のジュンク堂の方が、買ってでも読みたい本が図書館よりもたくさんあったし…)

そう考えると、途中休みながらだと頓服無しでも乗り切れるかもしれません。
ただ街中の喫茶店は混むんですよね。移動の電車も座れなかったらだいぶ体力を消耗するし。
となると様子を見ながら、昼で多少しんどい、まだ動きたい時は頓服すればいいかもしれません。
要は臨機応変に、という感じでしょう。俺が一番苦手な事ではありますが…

部屋の片づけをやる、なんて時もそうかもしれません。これも「休めるときは休む」を基本線で。
いずれにせよ頓服するとどうなるのか、今度だるい時があれば試してみましょう。
後遺症、副作用を必要以上に怖がらずにいきたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-10-01 07:40 | 闘病記 | Comments(0)

男性ホルモン治療

昨日は期末日ですが休みを貰い、病院に行っていました。目的は男性ホルモン治療をどうするか決めるため。
俺は下垂体の摘出により男性ホルモンが出ない状況です。
影響として性欲が落ちるとかはまだいいのですが、このままだと骨粗鬆症とか、太りやすくなる事で肝硬変になるリスクもあるので補充は絶対に必要との事。
そこで前回の通院時、自分で皮下注射をして子供を作る能力を残すか、月1回の通院で注射を打ってもらうか(ただし子供は作れない)の選択を提示されました。

俺は今のところ結婚の当ても無いが、40手前で子供を作れなくなるのはいただけない。
現実問題、今から結婚は厳しいのは自覚しているし、自分で注射は正直怖いが、少しでも可能性には賭けたいし何もせずにギブアップも面白くない。
という事で2~3日悩みましたが、自分で皮下注射を行う事に決めました。

俺が注射するのは、ゴナトロピンという男性ホルモン(テストステロン)を作る元となる薬剤。
後々週3回になるとの事ですが、まずは薬に慣らすため週1回、月曜夜間に注射することになりました。
糖尿病のインスリン注射とかであればキット化されているのですが、これはそういうのはありません。そのため薬剤を適量溶かし、注射器に注入するところからしなくてはなりません。

主治医と話をした後、看護婦さんに注射のレクチャーを受ける事約1時間。
1mmの溶解液を注射針に入れ、空気を抜いたのちにアンプルに入れて薬を溶かし、さらに注射針を変え…と、病院で看護婦さんがやる手順そのもののレクチャーを受けました。
2度ほど練習でマットに刺したものの、本番で出来るかまだ不安です。

俺は不器用なので、こういう事が非常に苦手なんです。
だけど子供は欲しいから可能性を残すためやるしかない!
一応やり方は分かったので、まずは工程表をエクセルで作って保存したいと考えてます。

特に気を付けなくてはいけないのは消毒と注射針の取り扱い。
消毒はアンプルを割るところとか、素手で触ってはいけないところ(針の部分)とかがややこしいです。
注射針は使い終わった後、医療廃棄物となるので病院への持ち込みが必須なので、廃棄用の容器も貰いました。今後定期的に病院に通う際に持ち込みし、新しい容器と交換することになります。

気を遣うのが持ち運びをどうするか。
俺は車に乗らない(視野の関係で使いづらい)ので、電車とバスで病院に通ってます。
容器は一度封印すると永久に開かなくなのでいいのですが、道中の持ち運びを何に入れてするべきか…
ビニール袋では心もとないので、衛生面を考えると安いエコバックを専用に準備するのがよさそうだと思ってます。

さて月曜が注射本番です。練習でも色々気を使い、今日疲れが来たのか昼間はぐったりとしていました。
特に自分に注射針を刺すところがどうしても緊張します。ある意味手術よりも不安です。
ちなみに指すのはお腹と太ももをローテーションさせるそうです。90歳の爺さんもやっているらしいですが、果たしてうまくいくのでしょうか…
さすがにこれは大変ですが、地道にやっていくしかありません。

これも戦いですね。まあなるようになるでしょう。普通に考えれば手術よりマシなはず。
こうしてブログを更新していてもドキドキしますが、月曜どうなるか。
少しずつ様子を見ていきたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-09-30 18:05 | 闘病記 | Comments(0)

現場復帰

いつも病気の話ばかりでもなんなので、少し他の事とも絡めた話を…

術後初めてSKE48の現場に足を運びました。といっても映画館ですが。
新百合ヶ丘の映画館で大矢真那卒業コンサートを中継するとの事なので、近くだし、何かあっても映画館だし、現場で全力コールして体力使うわけでもないし、久しぶりのライブだし、という事で復帰にはちょうどいいかな?と思い行ってみました。

俺の中では術前に千葉に行き、あまりにくそ可愛い狼とプライドに勇気を貰って以来のライブ。
今回は映画館でしたが非常に楽しかったです。ライブや公演に行きたくなってきました。

それはさておき。問題は体調の方。
普通に仕事しているので、上映中の2時間ぐらいは体力的には問題なく、家には普通に帰れました。
ただその後、ゴルフを見ながらウトウト…やはり疲れやすくなっているのでしょうか。
それともライブでアドレナリンを消費したせいでしょうか?

この分だと名古屋に行ったり、握手会で千葉に行ったりする場合はコートリルの頓服が必要か?
そもそも、コートリルの頓服は積極的に使用するべき事なのか?出来る限り抑えるべき事なのか?
様々なケースを想定しつつ、主治医とも相談しつつ試行錯誤していくしか無さそうです…

そして今。普段もたまにあるのですが、尿崩症の喉の渇きに耐えてます。
ひたすらお茶と水を飲んでいる状態。この1時間で1ℓ以上の水分を取ってます。
で、30分に1回の割合でトイレに行き、また渇くので水分を取り、の繰り返し。
薬が飲めるまであと40分。これも耐えるしかありません。

尿崩症は動いた後に症状が出る事が多いような気がします。
会社でも集中して仕事している時とかは、喉が渇くような気もするし…

薬を飲むのを忘れかけるぐらい調子がいい日もあるのですが、今日のように明らかに切れる日もあります。
これはコートリルもそうで、日によって効き方が違います。
その原因が何か、どんな時に効かないかは俺もよくわかっていません。

尿崩症の場合、「薬が切れている時間も必要 」らしいので、これはこれでいいのかもしれませんが…
まあ今日のライブ上映中の2時間は落ち着いていたので、これは問題ないでしょう。
問題は夜公演に入る場合どうなるか。薬の効果が今頃切れていると、ちょうど夜公演の時間帯です。
そうなると水分を取り続けないと脱水になるのでキツイ。
劇場公演中は水分を取れないので、ミニリンメルトを先に舐めて耐えるべきか…

色々これから試す必要はありそうですが、まずは一歩前進です。
このまま釣りや運動にも復帰していけるといいですね。
そのためにも自分の状態や症状等、勉強を続けていきたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-09-24 20:23 | 闘病記 | Comments(0)

後遺症との付き合い方

手術から2か月ちょいすぎました。早いものです。
仕事も復帰し、とりあえず普通通りに過ごせるようになってきました。

普通の病気ならば、これで「快気祝い!」となりますがこの病気はここから。
腫瘍を取ったはいいが、下垂体を摘出したため後遺症が残りました。

腫瘍の増大で死ぬよりマシなので、これは仕方ありません。
具体的には下垂体機能低下症と中枢性尿崩症。このためコートリルとミニリンメルトという薬を一生飲み続ける必要があります。後遺症の知識については、今も勉強中の状況です。

尿崩症は早い話が「おしっこが止まらなくなる」というもの。事由は「抗利尿ホルモン」というのが下垂体から出ているのだがそれを摘出して出なくなったから。
気を付けるべき事も、口が乾いたら水分を取り、薬が飲める時間まで耐えるのみだからまだわかりやすい。
主治医によると、腫瘍摘出で口の渇きを感じなくなる人がいるそうですが、俺は幸いにしてひたすら渇きます。なのでこっちはまだいいです。

問題はもう一つの「下垂体機能低下症」の方。
下垂体を摘出した俺は、ストレスを感じた時に出る「コルチゾール」というホルモンを作る元となる物質を、コートリルで補充する必要があります。

コートリルは俺にとって命を維持するうえで大事な薬。これが無いと「副腎クリーゼ」という症状になり、全く動くことが出来なくなり最悪死の危険があるそうです。

通常時、俺はコートリルを朝1錠、夕方0.5錠飲んでます。
今のところ体調も崩していないので問題はありません。
ただ体調を崩したり、無理をしなくてはいけない場合はコートリルを頓服する必要があります。
要は普通の人ならば、ピンチの際になるほど下垂体から出る「コルチゾール」を薬で出す事が必要だから。
で今俺が悩んでいること。「具体的にどうしたらいいのよ…」

この前病院で主治医から頂いた資料には、

・胃カメラとかの検査時…通常の倍
・インフルエンザ…3倍、骨折…5倍
・運動や旅行、夜勤、残業の場合…昼に1錠追加

というような基準が載ってます。
なお短期間であれば、副作用の心配も無いとは書かれています。
(多飲による副作用は潰瘍、下痢、不眠、下血など盛りだくさんなので、非常に怖い部分)

骨折、インフルエンザはまだ分かりやすいですが、問題は「運動、残業」といった部分。
頓服する体調の基準と、具体的にどうなってはいけないのかが、正直よくわかっていません。

職場復帰して俺が感じるのは、夕方18時を過ぎる辺りで残業していると、少しぼ~っとしてきます。
これが基準なのかな?と考えていますが、なぜか日により異なります。
復帰週直後にトラブルがあった際は、20時前まで仕事をしていましたが意外と大丈夫だったり…
と思いきや、別な日は次の日が休みにも関わらず朝からぼ~っとしていたり…
こうした時で動かなくてはいけない時に、「頓服」になるのでしょうか?

ただこれがコルチゾールが足りないせいか、単に「体調」の範囲内なのかがよく分かりません。
主治医も「難しい」といっていました。周りに相談できる人もいないし、ネットを見てもよく分からん…

また「ストレス」というのに「精神的ストレス」が含まれるのか否か、という部分もあります。
ネットを見ると違うからいらないという記事もあれば、「頓服した方がいい」という記事もあります。
あくまでも体調と相談しつつ、としか言えないのでしょうが、無理すると副腎クリーゼです。
一体どこまでがよくて、どこからが駄目なのか…これが今俺の最大の悩みです。

以下の例で「頓服」が必要なのか否か?と悩んでいる事例を羅列してみます。
こうした事があった場合は、「為念」で事前に頓服しておくべき?なのでしょうか…

・朝早く、トラブルで早朝出勤となる。
・夜間出勤、19時を超える残業が続く。
・仕事で夜間コールが来て起こされ、翌日出勤の時。
・朝からゴルフや釣りに行く。
・ロードバイクに乗る。
・名古屋遠征(昼公演日帰り、夕方弾丸ツアー、名古屋泊まりでも違う気が…)
・SKE48のライブに行く。
・京都に行き、1日寺社仏閣を見て歩く。(都心とかも同じく)
・握手会で、往復4時間超かけて幕張メッセに行く

とにかく、少しずつ色んなことを試していくしか無さそうです。
ちなみにこれはまだ一部分。この後男性ホルモン治療も控えてます。
なんでも自分での皮下注射になるとか…
将来子供を作る為には必須なようなので、色々不安ですがやるしかありません。
きっと手術→入院よりは遥かにマシでしょう。

どうやら患者会もあるようなので、もし参加できそうならば参加してみたいと思います。
色々情報を聞くことが出来るかもしれません。というか同じ境遇の人でないとこれは無理な気が…

まあ、色々勉強しつつとにかく前向きにいきたいと思います。
そもそも頭蓋咽頭腫の時点で織り込み済みなので、うまくやっていきたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-09-10 16:00 | 闘病記 | Comments(0)

薬の管理

退院後、懸案となっていた薬の管理。
今後一生モノの付き合いとなりそうなので色々考えた挙句、こんな感じに落ち着きました。

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まず外出用として、専用のポーチ(写真下)を購入。
この中に1週間分の薬、お薬手帳、診察券、保険証を入れ常時携帯するようにしました。
こうしておけば、いつどこで病院へ行くことになっても安心です。
お薬手帳を携帯するようになるとは思ってもみませんでした。大事ですねこれ。

薬自体は、100均で買ったチャック付きポリ袋(ポーチの横)に1日分をまとめる事としました。
薬を飲むタイミング、種類、数は把握しているので、1日すぎると中身がなくなります
そのため飲み忘れの対策にもなり、いまのところ大きな問題は出ていません。

欠点は事前に2~3週間分を手作業でポリ袋に詰めるのが面倒な事ですが、飲み忘れて辛い思いをするよりマシ。というかやらないと俺は確実に忘れると思いました。
そう考えると習慣化するしかないので、割り切る事としました。

あとは2ヶ月分の薬をどう保管するか。
薬局の紙袋のままでは場所も取るし、袋が5種類あるので目的の薬を探すのに非常に不便。
そこで薬を入れるためのプラスチックケースを購入しました。

実はこれ、釣り具の小物用タックルボックスです。ちなみにバーサス。
最初はピルケースとか色々考えましたが、帯に長し襷に短しでピンとくるものがありませんでした。
そこで思いついたのが釣り用のタックルボックス。これだと色々融通も利きます。
2ヶ月分の薬の量を考慮し、若干大きめのつもりで購入したものがジャストフィットでした。

このタックルボックスの中に、ポーチに入りきらないポリ袋の薬と残りの薬を入れています。
これだと場所も取らず、どこにあるかもすぐわかるので便利です。

またポーチに移した薬があるかは、外出前に必ず確認しています。
(1日家にいるときは、タックルボックスから直接薬をとればいいので。)
外出や旅行に行く場合も、事前に確認する習慣をつければ問題ないと考えています。
恐らく出勤を繰り返すうちに慣れていくでしょう。俺にとっては財布より大事なものなので…

こんなところで昔の杵柄が活きるとは思いませんでした。色々やってみるものですね。
ただ外出時の荷物が色々多くなってきているので、改善の余地はまだありそうです。
今のところ続けて行けそうですが、順次いい方法があれば取り入れたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-08-12 14:59 | 闘病記 | Comments(0)

振り返り⑤ 入院生活

振り返りもこれで最終にしたいと思います。最後は入院生活はどうだったか。
一言でいうと色々辛かったです。家にいれる事に幸せを感じます。

よく言われる「退屈」さは、タブレットとポケットWifiのおかげであまりありませんでした。
入院中一番欲しかったのは「静謐」。
それがあったのはトイレの個室だけでした。病棟があんなに賑やかなところだとは…

それはさておき。具体的に振りかえっていきましょう。
まずは音。俺は無頓着な方だと思っていましたので、入院前もあまり準備しませんでした。
他人のいびきも大丈夫なので、迷惑をかけないためのイヤホンと、為念で耳栓があればいいかな?と…

ところが、入院初日の同室の爺さんに思い知らされました。
何度か書いていますが、夜中に行動する音、うめき声、大音量でのテレビ、看護師さんの見回り…
いびきではなく、うめき声や何しているか分からない物音はうるさいよりも「怖い」。
しかも夜中に大音量でテレビをつけるような常識外の事が起こるとは「想定外」でした。

まあこの人は特別なのかな?と思いきや、部屋が別になった術後にも同じ思いをします。
今度は別の爺さんが夜中にナースコールを頻発し、その都度起こされる事態に遭遇しました。

夜中に目が覚めるのは仕方ないです。消灯時間も早いし生活リズムが違うのも理解しています。
単独行動が禁じられており、トイレ等何かする都度看護師さんを呼ばないといけないのも理解していますが、昼間と同じ声で看護師さんと世間話を必ずやりながら、禁止のはずのスリッパでペタペタと大きい足音をさせて病室を歩かれるのは本当に勘弁してほしかったです。

明かりをつけられる事もしばしばでした。明かりと物音で目が覚めて「ああ明るい!今日は朝まで寝れたかな?」という感覚で時計を確認した時、夜中0時半で原因は爺さんのナースコールだった時の絶望感たるや…
起こされた後は、大概入れ歯を入れるような音がしだしてなかなか寝つけません。耳栓は耳が痛くなるし…

よって睡眠不足の日が何日か続き、体力が回復しないうちは本当に辛かったです。
個室への移動も真剣に考えましたが、その前に体力が回復して気分もだいぶ楽になりました。

人間不思議なもので、体力があると多少の音ぐらい「まあ、いいか。」となるものなんですね。
それからは目が覚めたら覚めたで、スマホで麻雀をしてました。おかげで役満(四暗刻)もあがったし。
ただそれまでは殺意を感じそうなぐらいに辛かったです。

起きてからも患者さん(特に年配の方)と話す看護師さんの大声や、面会時間に押し寄せる見舞い客の会話、昼になると大した事でもないのに「助けてくれ~、早く~!」と叫びだす爺さん、ちょっとした事で看護師さんに文句をつける爺さん等、とにかく病棟はにぎやかでてした。

例えば日中、ゆっくりしたいと病室にいたとします。
すると面会可能時間になると、面会客(ご家族?)が現れ同室の爺さんと数時間話しだします。それが毎日。

それに加え他の患者さんは長電話しています。しかも最初の数日は中国の方で、会話が中国語。
ただでさえ落ち着かないのに、何を話しているのか皆目分からない分、さらに落ち着く事ができません。
中国の患者さんが退院しても、その後入院した患者さんも同じでした、会話は日本語にはなりましたが…

仕方なくデイルームへ脱出すると、おばさま方数人による終わりなき井戸端会議。これもほぼ毎日。
なのでイヤホンをしてスマホで音楽を聴きながら、タブレットで動画を見るかゲームをする日々。

トイレ飯をする大学生の気持ちが分かりました。落ち着くには完全防御するしかありません。
一体何しに入院しているのか分からない状況で、一刻も早く退院したかったです。

後は体力が回復してからというもの、あまりに味気ない病院食に辟易していました。
ここでも「為念」で持ってきたスルメのふりかけが大活躍でした。

このふりかけとたまに出て来る果物が、食事の時の唯一の楽しみでした。
あとは醤油と塩をコンビニから調達して、病院食にかけた時の味のおいしさ。
そして退院後即、外のレストランで食べた冷やし中華のおいしさは生涯忘れません!
食べ物のありがたみを非常に感じた入院期間でした。

入院というとゆっくりするものと思っていましたが、実際は命を懸けた戦争のようでした。
体力を回復するため、より消耗しないように早く脱出するにはどうするか。

そうしないと精神的にやられそうな場所だと感じました、もう二度と入院したくないですね。
そう考えると日々の生活がある事は幸せです。これを大事にして生きていきたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-08-11 07:59 | 闘病記 | Comments(0)

振り返り④ リハビリ

前回の更新から2週間経ちました。手術から1か月が過ぎ、職場復帰もいよいよ近づいています。
そこで今回はリハビリについて書きたいと思います。

術後2~3日は点滴で栄養を取っていて、食欲もなくだるい状況でした。
今考えると全身麻酔の影響と思います。
そこから体力と食欲は徐々に回復しましたが、最初は歩くのもふらつく状況でした。

全身麻酔をする事で手術は何の記憶も無く済んだのですが、体力がこれだけ落ちると思いませんでした。
特に食欲。回復してからは明らかに物足りなかった病院食がほとんど食べれませんでした。
おかげで入院中に体重がー4kg減。今も術前ー8kgで推移しています。
これは怪我の功名なので、これからも維持したいところです。

術後の翌週から、病院でリハビリに入りました。
やる事はマットの上で片足バランスを取ったり、エアロバイクを漕いだりというもの。
また視野狭窄は完全には治らなかったので、それを意識した歩き方の説明等も受けました。

落ちていました体力もこのおかげで徐々に回復。結果術前にはできなかった、立ったまま靴下をはくことができるようになりました。
これはリハビリの片足バランスで、体幹を意識したバランスの取り方を教えてもらったためです。
要はバランスを取る際、腹筋を意識してバランスを取ればいいとの事。
片足バランスは歩行中転倒しないように、との事でやっていたのですが、うれしい副作用となりました。

退院後も暑い中、朝を中心に散歩をしています。おかげで会社までの往復はこなせるようになりました。
後は復帰後、連続して出勤した際、ホルモンの働きがどうなるか。
色々行動した後、真昼間に物凄く眠くなる事もあるため、正直今は何とも言えません…

ここを見極めるため出勤訓練として仕事の時間は外出し、図書館等家の外にいて状態をシミュレーションしてはどうか、という提案を受けました。このようなやり方で自分の調子を見るやり方があるんですね。色々勉強になる事ばかりです。
明日は台風が来るので、明後日から週末までやって様子を見ましょう。

出勤訓練で問題なければ、いよいよ復帰です。
ここまで1か月半長かったですね。今まで迷惑をかけた分、あせらずにですが取り返したいと思います。
振り返りも次回が最後になると思います。最後は入院生活を振り返りたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-08-07 21:04 | 闘病記 | Comments(0)

振り返り③ 手術と現在の状況

退院して1週間が過ぎました。
今回は手術と現在の状況について書きたいと思います。

手術は入院翌日でした。手術日前日の夜9時からは水分も取れない状況。
これは全身麻酔のため仕方ないものの、同室となった爺さんの行動で実質朝3時半おき。
3時半に大音量でテレビをつけられたのには閉口しました。その後も4時半、5時半と大音量が…

おかげで手術前はとにかく眠くて、何も考えたくありませんでした。
今思うと色々不安になる余裕すらなかったので、かえってよかったかもしれません。

当日は事前にいろんなものを点滴してから手術室へ。
ものすごい手際よく全身麻酔を打たれてからは、一切記憶がありません。
記憶が無い間に、開頭手術を受け腫瘍を摘出してもらっていました。

次気が付いた時にはICU(集中治療室)で寝転がってました。その時時間を聞いたら夜8時過ぎ。
後から聞いた話だと、手術に8時間を要したそうです。
それだけ難しい手術だったという事でしょう。先生に感謝です。

術後の晩はひたすら喉が渇きましたが、水が飲めないのでうがいと氷をなめる事で渇きと戦ってました。
喉が渇く都度目が覚めて、たまらずナースコールを呼んでいた記憶しかありません。
夜が明けて、自由飲水と言われたときは嬉しかったですね。
早速コップ3杯分の水を飲んで渇きを潤す事が出来ました。胃がついてこれず早速吐きましたが…

術後は、利尿ホルモンの量がコントロールできなくなる「尿崩症」という後遺症が出ました。
なんでも手術当日の夜間に、10ℓの尿が出ていたとか。
術後に喉が渇いた理由もこれです。ただ尿崩症は術前に織り込み済でした。

後遺症が残った理由は、ホルモン量をコントロールしている脳の下垂体という部分を覆うように腫瘍があり、手術で合わせて摘出せざるを得なかったためです。早い話がホルモンコントロールを何もしないと、常に尿が出ておねしょしてしまうのと同じ状態に陥ります。

おねしょだけならばまだ笑い話ですが、必要以上に水分を排出してしまうため放置するとナトリウム濃度が高くなり、血栓が出来て最悪死に至ります。(が、腫瘍を放置するよりマシ。)そのため利尿ホルモンを薬でコントロールする必要があり、術後はその調整で入院していたといっても過言ではありませんでした。

コントロールのため処方されたのは、コートリルとミリニンメルトという薬。補助としてビタミン剤(メチコバール)と胃薬(ファモチジン、薬剤師さんの説明では要はガスター10)の4種類の薬を今も飲み続けています。

入院中は水分補給量と出る尿の量、比重を記録しながらコートリルとミリニンメルトの量を調整。
結局コートリルは起床時1錠、夕食後0.5錠。
ミリニンメルトは朝昼の食間に1錠、夕食2時間後に2錠で落ち着きました。
これがはっきりするまでは退院が出来なかったので、結局16日間の入院となった次第です。

なおホルモンは検査の結果、副腎ホルモンが基準値以下、成長ホルモンが下限ギリギリとの事でした。
副腎ホルモンとは、アドレナリン、ノルアドレナリン、コルチゾールが主なものらしいです。
要は興奮しにくくなり無気力状態となりやすく、且つホルモンのバランスも取りにくい状況の模様です。
俺はもともと慌てやすいので、興奮しにくくなったのはいい方向に出るかもしれません。
いっそ怪我の功名で、俺の最大の弱点だった落ち着きが増せば、みんなのためにもいいのですが…

成長ホルモンは、足りないと疲れやすくなったり、動脈硬化に繋がったりする模様です。
これは下限ギリギリとはいえ一応基準内で一安心ですが、確かに疲れやすくなった気はします。
動脈硬化を避けるためには痩せる事が必要、そのためには運動ですが疲れやすい。
こことの兼ね合いが色々難しそうですが、なるべく外に出るようにはしています。

また手術の影響で顔がむくみ、まぶたが15R殴られ続けたボクサーのように腫れました。
目も充血どころか血走った状態となり、頭には包帯がぐるぐる巻き。
包帯を取ると、頭の傷口はフランケンシュタインのようにホッチキスで止めてある状況。
このまま街に出たら、確実に職務質問される状況となっていました。

顔の腫れは1週間、目の充血は2週間で完全に戻りました。
後は手術の傷口のかさぶたが取れ、頭の違和感(痛いとかではなく物理的に重い。おそらく手術の後に接着のため詰め物をしている影響)が無くなれば、外科的影響は無くなると思われます。そのため今でも頭にバンドをして固定しています。

なお頭の手術の場合、傷口から髪の毛は生えてこなくなる模様なので、見た目は多少影響ありです。
これは周りの髪の毛の伸び具合を見て、事後策を考えるとしましょう。

次の通院時には、職場復帰とかの具体的な話も出てくると思っています。
ちなみに現在、体調的に変な感じはありません。概ね順調に来ていると思ってます。
他にも書きたいことはありますが、すでに長いのでこれぐらいにしておきましょう。
次は術後のリハビリについて書きたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-07-24 14:48 | 闘病記 | Comments(0)

振り返り② 入院準備(追記)

前回の更新で入院準備の振り返りをしました。
長いブログになりましたが、書き忘れたことがありましたので追記します。

入院準備は物、気持ちの部分で書きましたが、書類関連の準備を書き忘れていました。
手術と入院に関する書類は、基本ひたすら署名するのみでしたので割愛。
(気を付けるべきは、保証人が必要なものがいくつかあるぐらいです。)

備忘のため書いておきたいのは、健康保険の「高額医療費申請書」の事です。
これまで入院の機会が無かったので、こんな制度があるなんて知りませんでした。

事前に上司に話した際、「医療費の負担が高額の場合、定額+αで済む」との事で申請を勧められました。
具体的には収入に応じて、入院時の自己負担額が減免されるというものです。
申請に手間がかかるのでは?と思いきや、ネットで申請書を印刷して郵送するだけ。申請書は2~3日で届きました。これがあると、例え自己負担分が数十万円になったとしても、ある程度の負担額で収まります。

仮に申請をしなかったとしても3か月後に還付されるのですが、申請して正解でした。
この制度を仮に使わなかった場合、保険適用でも支払いが70万円を超える事ところでしたが、申請した事で20万円強で済みました。

病院はカード払いOKで、院内にATMもありましたが、限度額があり払えなくなる可能性がありました。
入院1週間前の検査時、病院からも説明がありましたが、知らなかったらと思うとぞっとします。
もし前週に知っていたとしたら、きっと慌てていたと思うので上司に感謝ですね。

またこれも備忘ですが、医療費は月割り計算のため、前述の「定額+α」は月ごとに発生します。
俺は月を跨いで入院したため、「定額+α」は2回発生し、10万円強を2回払った形になりました。
月を跨がなければ恐らく数万円は安く済んだはずですが、事が事なので仕方ありません。失明よりましです。

不幸にして次回があれば考慮すべき事なので、備忘として書きました。参考になれば幸いです。
この歳にして色々社会勉強になった気がします。次こそ手術と症状について書いていきたいと思います。

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by yrv9985-2450 | 2017-07-20 07:13 | 闘病記 | Comments(0)